2014年7月4日金曜日

ショッピングモールという場

今自分の活動の中には大きく3つの柱がある。

まずは「ゴロゴロ莇平」のように、継続的に場に関わる活動。
もうひとつは「いちまいばなし」のような、場に依拠しない即時的な活動。
そしてもうひとつがショッピングモールでの活動である。

モールが自分にとって、
ひとつの新たな「場」になるのではないかと思って始めたこのプロジェクトも、はや3年。
今年はコクーン新都心というさいたまのモールで、初めて月に1度というペースで活動を行っている。

これまでレジデンスやプロジェクトを行った場所には多かれ少なかれ住んでいる人がいて、
そこにまず僕も住み始めて、僕がその場に「いる」という事が関係の始まりになっていた。
朝起きて、作業場に向かい、仕事をし、物を買い、料理をし、飲んで食って、寝る。
そんな毎日の生活を過ごして行く中で、
場所がだんだんなじんで来て、初めての場所が見慣れた場所になって行く。
行きつけの場所が出来る頃には、顔なじみや知り合いも出来てくる。
顔を知り知られ、少しずつ話せる人が増え、定期的に会う人も出てくる。
多様な人たちとの付き合いが出来、宴会等によばれる様になる頃には、
最初は解らなかったその場の見えざるルールやテリトリー、ヒエラルヒーなんかも見えてくる。

活動しながらある期間をまずは滞在する事で、場が自分のものになってゆき、
そこで自分が何をして行くべきなのかをだんだん考えられる様になってくる。
ケ(日常)を過ごす事で、どのようにそこにハレ(非日常)を組み立ててゆくのかというのが、
僕の「場」で行う活動のプロセスである。

その場で生活する事が、「場」への一番自然なアプローチだと僕は思うし、
「場」に対する物作りは、その場でふつうの生活を行う事から始まるのだと思う。

莇平のゴロゴロも若葉台のドラゴンも、なぜそれがそこに必要だったのか問われても、
最終的には、その場で過ごす中でそこにそれが合うと思ったからと言うしか無い様な気もする。

そんな場への関わり方がなかなか出来ないのが、このショッピングモールという場所だ。
モールはこれまでのような生活を伴う場とは違い、誰もここで暮らす事は出来ない。
また、ハレ(非日常)とケ(日常)という概念も、
セールやイベントがひっきりなしに行われるここの状況では曖昧なものになってしまう。

しかし、暮らしそのものはここにはないが、ここが多くの人の暮らしの一部をになっていることは確かだ。
また、「消費」という、ひとつの目的のために人々が集まって来ているが、
その形態は人によって様々で、何より来場する人の数が多く、決してクローズな場でもない。

生活感がありそうでない様な、閉じているようで開いている様な、
そんなモールという場を僕はとても魅力的に感じ、
この場でしか出来ない、なにか面白い事があるんじゃないかと思って活動を始めた。

12年と13年は、3週6日のスポット的な活動だったが、
今年はやっと、継続的に関われる機会を得た。
といっても活動日は1ヶ月のうち2日。
ミーティングや準備等、いろいろ入れても月に7日も現地に行けないが、とにかく通い続けるしかない。

先月は初めて店舗に挨拶しに行ったり、店長会議に出してもらったりして、内部の方々に顔を売った。
また活動自体のリピーターも増え、参加者に知り合いが出来て来た。
場を設ければ、あの子がきっと来てくれるという感覚や、
漠然とその場の構成員だった人の顔が、個人としてだんだん見えてくるこの感じは、
「場」が自分のものになって行くいつものあの感じだ。

たぶん、ここでも何かができそう。
根拠は無いが、そんな気がする。

試み初めて3年。
コクーンへ通って3ヶ月。
ようやくこの場へ自分がアプローチするかたちが何とか見えて来た気がする。
たぶん。

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