2013年11月28日木曜日

カウンセリングと「いちまいばなし」その3

連載3回目に突入した『カウンセリングと「いちまいばなし」』。今回が完結編です。
カウンセリングの学校で行った「いちまいばなし」について、
物語を作るその裏側に、参加者のどんな心のやりとりがあったのかを
聞いていったインタビューの模様をお伝えしています。
前回の記事はこちら

まだ「いちまいばなし」あんまり知らないよ。。という方は
以下のページを見てもらうと良いかもです。
 「いちまいばなし」とは?
「いちまいばなしのうらばなし」
「いちまいばなしのうらばなし」ラジオ版

(注)写真はイメージです。
まずは作った物語をもう一度おさらい。

「みんなの夢」
2013年11月23日

公園でクリスマスが行われていました。
公園には噴水と、切られてしまって半分になった大きな木がありました。
その木から、別の木にイルミネーションが飾られていました。
公園にはお母さんと子どもがいました。
そこにプレゼントが大、中、小とありました。
意外と小のプレゼントが良さそうで、
開けてみるとゲームが入っていました。
それは今まで誰も見た事もやった事も無いゲームで、
切られた木から、噴水まで飛べるかというゲームでした。
プレゼントの送り主は解りませんでした。
もう少し人が来てほしいなと思って、
ラジカセでクリスマスソングを流すと、
人が30人程集まってきて、
みんなで木から噴水に飛ぶゲームをやって、とても盛り上がりました。
ゲームで1等になった人が大きなプレゼント、
2等になった人が中くらいのプレゼントをもらいました。
2等の中くらいのプレゼントは、箱にいっぱい入った宝くじでした。
1等の大きいプレゼントはハワイ旅行で、その場にいた全員分チケットがあったので、
みんなバラバラでハワイへ行きました。
そして、これは全て最初にいた親子の子どもの見た夢でした。

さてここからは前回のインタビューの続き。
この「いちまいばなし」は11人の参加者を2周して作られました。
ここから便宜上、それぞれの参加者を1さん〜11さんと名付けます。
また、それぞれの発話について、
司会の問いかけ問いかけに対する参加者の発言発言の動機やイメージ
という3色で表してゆきたいと思います。


1周目が終わり、「プレゼントの送り主は解らなかった」という所まで話が進みました。
2周目に入り、再び1さんの番です。
折り返し地点を過ぎてだいぶ物語が流れて来たので、
このあたりから参加者にさらに展開を委ねるべく、質問はかなり丸投げになってきます。
「ここからどうしましょう?」と1さんに聞くと、
「人がたくさん集まったらいいなぁ。」との回答。
1さん曰く「みんなで集まりたいと思ったから」だそうですが、
「こうなった。」と行動や内容を言わずに、自分の願望を答えるという珍しいパターンです。

そんな1さんの願いを受けて、
「…という意見があるんですが、どうしたら良いですかね?」と2さんに聞いてみました。
2さんからは「ラジカセでクリスマスの音楽を流してみる。」との回答。
自分から騒いで人を集めるのは恥ずかしいので、
とりあえず音楽をかけて間接的に集めようと思ったという、
前の参加者の意向を汲むのだけれど、正面からではなくサイドから攻める方法が出てきました。

さらに続けて、
「するとどうなりましたか?」と3さんに尋ねると、
「人が集まって来た。」とのこと。
「何人くらいですかね?」とさらに聞くと
「30人くらい」と具体的な数字が帰ってきました。
この数字について後で聞いてみると、
「実際に今日、クリスマスのイルミネーションに30人程人が集まっていたのを見たから。」
ということで、実体験からの発想だったようです。
1さんの発言を受け、2、3さんは共にその願いを受け入れる形の流れになりました。

公園に人が集まって来て、状況がまた変わって行きそうだったので、
「人が集まってきましたが、どうしましょう?」と4さんに聞くと、
「みんなで(木から飛ぶ)ゲームをした。」との回答。
あの謎のゲームがここでもう一度物語に登場してきます。
「ジャンプするのが面白そうなので、
せっかく人が集まったのでみんなにもやらせてみようと思った。」とのことで、
1度出て来た設定をここで再度物語とつなげる流れが出来ました。
こういった回収のリレーが発生するのは、場が柔軟な雰囲気になってきた兆候にも見えます。

さらに5さんに
「するとどうなりました?」と続けると、
「喜んでキャーキャー盛り上がった」との回答。
ゲームがそんなに楽しかったのかな?と僕は思っていましたが、5さんの心のうちは、
「噴水に飛ぶゲームということで、みんな濡れて寒いのでは?と考え、
せめて騒いで暖ればいいのでは?と考えた」ということでした。
なるほど単純な回答に見えて、その裏には5さんのささやかな思いやりがあったようです。

さらにどんどん丸投げを続けてゆきます。
「盛り上がると、どんな事がおこりましたか?」と6さんに聞くと、
「ゲームで1等になった人が大きなプレゼント、
2等になった人が中くらいのプレゼントがもらえた。」との回答。
また4さんとおなじく、以前に出た設定を回収する流れですが、
少し異なるのは、この「プレゼント」の発案したのは6さん自身だということ。
6さん曰くプレゼントを賞品にすれば、あまった物も報われる。とのこと。
まさに設定の自己リサイクル。
この使われなかった設定を自分自身で回収する流れ。
最後のタイトルを決めるときに、忘れ去られていた自分の設定を入れ込んでくるという
パターンもあったりします。

1周目と同じく、またここでプレゼントにフォーカスしてゆく流れが出来てきました。
「では、2等のプレゼントって何だったんですか?」と7さんに聞くと、
「宝くじだった。」とのこと。
なんとなくファンタジックな流れに、いきなり現金の匂いがしてきたからか、
会場からは笑いが漏れます。
「1枚ですか?たくさんですか?」とさらに聞くと、
「箱に一杯」ということで、大量の宝くじが現れました。
7さん曰く「朝に宝くじの話をしていたので」と、
ここでも前回の「クリスマス」、「30人」同様、
最近見聞きした事や、体験をそのまま物語に応用しています。
司会をずっとやっていて、あまりこのような事は想像していなかったのですが、
確かにまっさらな状態で何かを想像するのは中々に難しい部分があるので、
案外いままも、こういった流れは多かったのでは無いかと思います。

さらに続けてプレゼントの中身を聞いてゆきます。
「1等は何だったんですか?」と8さんに聞くと、
1周目と同じくまた少し考えた後、「ハワイ旅行」との回答。
8さん曰く「ハワイに行きたかった」との事ですが、
実は、8さんは1周目も小さいプレゼントの中身について聞かれ、
「面白い物を言わなくては」と長考し悩んでいましたが、
ここでは自分の行きたい場所が素直に出て来ているようで、
2周目にして少し気持ちがほぐれて来た部分があったのかもしれません。

1等のプレゼントが明らかになったので、
「その1等は誰がもらったんですか?」と9さんに続けてみます。
9さんからは「その場の人数分チケットがあった。」と大変慈悲深い回答が。
「ハワイ旅行と言えば、1組とか2組しか当たらないイメージなので、
クリスマスでみんなで幸せになれるように。という配慮があったらしく、
最初の設定の「クリスマス」の持つ多幸感がここでも影響を及ぼしています。

さて長く続けて来た物語もそろそろ終わり。
10さんに「そしてどうなりましたか?」と聞くと、
「みんなバラバラでハワイに行った」との回答。
せっかくみんなでもらったチケット、なぜあえてバラバラなのかというと、
夢のある様な事が思い浮かばなくて、
それぞれ家族とか事情があるし、個人個人で行った方が良いのではと思った。
だそうで、ある意味個人をより尊重するという配慮がある発想だったようです。

そして最後、
オチを11さんに、「そして最後どうなりましたか?」と聞くと、
「実はこの話は、登場した母子の子どもが見た夢だった」と夢オチで締めてもらいました。
「物語で登場したいろんな楽しい事が、ファンタジーのまま終わりたい。」ということで、
全員の想像を破壌しない形で活かすため、「夢」という設定を敷いた思いがあったようです。
さらにその後、タイトルを決める中で、
1さんより、「みんなの夢」という題名が出され、満場一致で採用されました。



というわけで11人の参加者を2周し、所要時間10分程度をかけてこの物語が完結しました。
印象としては、やはり全員が普段から何らかの接触がある参加者と作っただけあって、
そこまで破壊的な内容がほぼ登場せず、割合安定した流れが続いたという感じでしょうか。

「いちまいばなし」では毎回参加者の中に、
その場で初めて出会った「他者」がいる場合が多く、
お互いの意向を汲み合う順接、明確化等の「安定」した流れと、
流れに逆らってでも自分の意見を通したり、あえて物語の展開に変化を起こすために行う
逆接、破壊等の「不安定」な流れを交互に繰り返すという傾向があるのですが、

今回の話には、逆接や破壊等の流れがほぼ無いにも関わらず、
物語には不可解な要素がたくさん現れているという特徴があります。
このような状況の原因にはそれぞれの参加者が、
他の参加者の発言や想像をより尊重しようとする「配慮」の心にあると私は思います。

今回の参加者は、誰もが前の参加者の意見を最後まで一度も否定する事無く、
より発展させる形でリレーしてゆこうという意識があるようでした。
明らかにされないプレゼントの送り主、参加者全員分あるハワイのチケット、
そして最後の夢オチは等は、まさにその「配慮」の結果であり、
全ての想像を破壌させずに、幸せな形で完結させるためのバイアスが大きく働いています。
プレゼントについて、「より面白い物を」と8さんが長く悩んでしまった原因も、
ここにあるように思います。

しかし、その「配慮」とは、
所詮自己の中に想定した他者へ対しての思いやりでしかありません。
時にその「配慮」が他者との間に齟齬を生み、予想しない展開を生み出します。
前回の記事に書いた「半分に切られた木」が登場する部分での3さんの
「木のイメージが湧いてこなかったので、切ってしまえば何の木か解りやすくなる
(いろんな木の可能性がある)と考えたから」
という思いも、他者の想像力をより広げるための発想が妙な登場物を生んでいたり、

同じく9さんの「いままで誰も見た事もやった事も無いゲーム」という発言の裏にあった、
みんなで新たな発想をより広げられる様に、『誰も見た事の無い』と言った」という思いも、
次の10さんにとっては発言のハードルをかなり上げられてしまう結果になったようですが、
ここは10さんが悩んだ末に、「切られた木から、噴水にジャンプするゲーム」という
妙案が発想され、9さんの「配慮」に巧く答えた形になっています。

そしてクライマックスで、参加者全員分チケットがあるのに、
「みんなばらばらでゆくハワイ旅行」という状況も、
それぞれ家族とか事情があるし、個人個人で行った方が良いのではと思った。
という、個々の状況をより尊重しようとした10さんなりの「配慮」が、
流れからは拍子抜けする様な展開を生んでいます。
このように、今回の物語の特徴的な部分には少なからず、
この配慮の行き違いが関与している様に思います。

「いちまいばなし」でいかに面白い物語を作っていくかという部分には、
物語の制作過程で、どれだけ参加者の欲望や、性、業といった物に
迫れるのかということがポイントになってきます。
それぞれの素の意思、素の想像力が出会い、その相容れなさが物語の中で瞬く時、
それまで個人の想像力では到達し得なかった想像の世界への扉が開くのです。
「配慮」というのは、他者への思いやりの表れの様にも見えますが、
裏を返せば自己の「こうあって欲しい」という欲望の現れでもあります。
今回は、逆接のような他者の意向を否定する流れは一切なく、
表面的には、全ての意見を尊重してゆくような制作過程でありましたが、
全編を通して完全な安定の物語に終始する事は無く、
参加者同士の「配慮」という名の欲や業がせめぎあうことで、
この面白い物語を生み出したのだと思います。

初めて参加者の心の内情をしれた今回の「いちまいばなし」ワークショップ。
新たな発見を新鮮な感覚で受け取る事が出来ました。
こういった、物語を作った想像力を読み解いてゆくワークは、
今後もぜひいろんな所で行ってゆきたいと思っています。

このワーク後のトークでも少し話をしましたが、
「いちまいばなし」を続けて行く上で強く感じるのが、
「人と人が解り合う事などあり得ないのではないか」という思いです。
何度やっても、物語は一つにまとまらないし、
誰が何を考えているかなど、話を聞いたからといって必ずしも明らかになる訳ではありません。
僕は、他者を理解する目的で「いちまいばなし」を行っている訳ではありません。
何気なく過ごしていると、他者と分かち合う事などさも簡単な様に思えてしまう世の中で、
むしろ「他者と解り合えない事の確認」の為にこの活動を行っている気さえしています。
その前提を受け止めた上で、
自分が今どうやってその状況に向き合い得るのかという現状把握と、
新たな向き合い方の試行錯誤をを行う場として、「いちまいばなし」を行っています。
『みんなの思いを一つに』を目指す訳でもなく、
『みんな違ってみんないい』で終わってしまう物でもなく、
「解り合えない事」に対しての、「理解」でもなく、単純な「肯定」でもない、
新たな向き合い方がこの活動によって生まれればと考えています。

それでは また
佐藤悠web

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