2012年3月12日月曜日

「いちまいばなしのうらばなし」その4

「スクランブルエッグ落ち」

さて、前回は収集のつかない物語に、なんとかまとまりをつける為の「パーティー落ち」という手法を紹介したが、今回はその対極にある様な手法をご紹介しよう。まずはこのお話を読んでほしい。

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いちまいばなし No.018
2012.2.7
東京都世田谷区等々力
「フランスから妖精の国へ」


あるところに妖精のお姫様がいて、フランスから妖精の国へ帰っていました。
フランスでは、妖精はフランス人と一緒にバネ公園のバネでエッフェル塔に飛び乗ったりして遊んでいました。
妖精の国では、お城でお姫様のお父さんとお母さんがたくさんの貴族と共にお姫様の帰りを待っていました。
お姫様が国に帰ってくるとティーパーティーが始まります。お菓子は振りかけられた砂糖でキラキラと輝いています。
キラキラ光る川の水で作られたシャンパンも用意されました。
パーティーでは、ステージで妖精のお笑いやダンスの出し物も行われます。
それが終わるとキラキラのお風呂にみんなで入ります。
そして、お姫様は国中の人、一人一人におやすみなさいを言って寝ようしました。子守唄も聞こえてきます。
でも、よく見ると妖精が一人いないようです。みると、お風呂で溺れている妖精がいます。
お姫様が助けるとその妖精は「ありがとう」とお礼を言いました。
すると今度はキラキラ光る川でお姫様が溺れてしまいました。
川は凍っていたので、お姫様は動けなくなりましたが、次の日に助けてもらえたそうです。
おしまい

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今回の「いちまいばなし」に参加者したのは、全員小学生の女の子で、そのせいなのか、始まりから妖精が登場してなかなかファンタジー色が強いお話である。その他に出て来るものも「エッフェル塔」、「ティーパーティー」と少々ハイソな印象を受ける。全体の印象としては、バランスのとれたとても読みやすいお話であると思う。確かに「バネ公園」や、「妖精のお笑い」など、「いちまいばなし」ならではの妙な違和感=「サメおにぎり」感も随所に見受けられるが、それを考慮したとしても、ここまでスムーズにお話が進んで行くのも珍しい。最初に紹介した「サメつり(仮)」ほど平凡な流れでなく、「パーティー落ち」を必要とする様なカオティックな流れでもない。
妖精のお姫様がフランスから帰国すると、妖精の国でパーティーの準備がされていて、両親や貴族とともにそれを楽しむ。そして、お風呂に入って、就寝のあいさつをし、子守唄まで流れてくる。子守唄まで流れて来てたら、もう後は寝るだけのはず。お姫様が眠りについてお話はおしまいである。普通の話ならば…

しかし、ここからが「いちまいばなし」の本領発揮である。なぜかここで話が大きく動き出す。あいさつの途中で妖精が1人行方不明になり、探すと理由も無く風呂で溺れている。そこでお姫様が溺れている妖精を助け、さあ、これでやっと眠りについておしまいかと思うが、次の瞬間、今度はお姫様の方がまた理由もなく川で溺れている。しかも氷づけで。そして「次の日」に助けてもらっている。さらっと流しているが、よく考えると一晩は放置されていたことになる。

いままで、綺麗にまとまっていた流れを、終盤いきなりかき混ぜ、さらにそれすら途中で放置してしまうかの様なこの流れ。いきなりのクライマックスに、それまでの流れが何の伏線にもなってないのも特徴的だ。妖精2人が溺れた理由を話の前後から見いだそうとしても、おそらく何も発見できまい。一体なぜこんな事になってしまうのか。物語ではなく、作り手の意識を予想してみると、その答えが見えてくる。私はこの話には「パーティー落ち」と全く逆の意識が働いているように思う。すなわち、冒頭から何の落ち度もなく話が進んでゆくのだが、そのあまりにも順調な流れに対して、話を作っている参加者自身が、その流れにれだんだん退屈になり、もしくは不安を感じ、その反動によって終盤でこんなかき混ぜ方をしてしまったのではないだろうか。この現象については、終盤で急激にかき混ぜる感じに注目し「スクランブルエッグ落ち」と命名したい。あまりにも混沌とした物語をリセットする防衛帰省として「パーティー落ち」があるように、起伏に乏しい話を面白くしたい!という意識が、最後の最後で後先を考えずに急激に物語をかき混ぜるのがこの「スクランブルエッグ落ち」である。

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「パーティー落ち」や今回の「スクランブルエッグ落ち」の事を文章の中では、「手法」、「方法」と記しているが、どちらか言うと「性」や「癖」と言った方がニュアンスとして近いように感じる。「いちまいばなし」という即興の中で生み出されるこのような傾向は、「手法」等という技巧的な要素と言うよりは、参加者の心にある習性や意識が自然に表出した結果だからである。卓越した技がそこにあるのではなく、無意識に出て来てしまった要素の寄せ集めでできてしまうこの「いちまいばなし」は、物語を読んでいくうちに、その作り手の意識が垣間見えることがある。「飛びすぎた展開を、理解の範疇に引き戻したい。」「順等な話に強烈なスパイスを効かせたい。」そんな想いが「パーティー落ち」や「スクランブルエッグ落ち」を生み出すのだ。奇妙な言葉の出会いや、裏切りに裏切りを重ねる展開というのも「いちまいばなし」の見所であるが、そこからもう一歩思考を進めると、その物語の裏にある作り手の思惑も赤裸々に見えてくる。そこを楽しむ目を解説してゆくのがこの「いちまいばなしのうらばなし」なのである。

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