2012年3月2日金曜日

「いちまいばなしのうらばなし」その3


「パーティー落ち」

前回の「逆接のクロスカウンター」もそうだが、「いちまいばなし」を行っていると、何度か同じ様なストーリーの流れに出くわしたりして、話を作り続けてゆくとある程度の傾向が見えてくる。今回紹介する「パーティー落ち」は、その中でも特によく見受けられるパターンで、数えてみるとこれまでに作られて来た話の5分の1くらいにこの傾向が伺える。「パーティー落ち」というのはその名の通り、話の終盤にパーティーやそれに類する催し(バーベキューやティーパーティー)が開催されて、話が収束に向かうというという流れの事をさす。まずはすごく自然な流れでの「パーティー落ち」で終わるお話をご紹介しよう。

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いちまいばなし No.006
2011年7月17日
神奈川県横浜市旭区若葉台
「雲の王国へ行くうさぎたち」

青空の中の雲に、クモが巣を作って住んでいました。
そこに羽の生えたウサギの家族がぴょんぴょん飛んでやってきました。
雲の向こうには雲の王国があって、
中には王さまとお姫様、家来たちが住んでいました。
今日は雲の王国の400周年パーティです。
そこに招かれたのがクモとうさぎたちでした。
きっと楽しいパーティだった事でしょう。
おしまい
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うん。何も問題ない。とてもスムーズにパーティーの流れで落ちている。この話が「パーティー」という要素が「いちまいばなし」の中に初登場した話で、まだこの頃はその事に対して何の違和感も持っていなかった。しかし、活動を続けていく中で、だんだん「パーティー」で終わる話が目に付きだし、その言葉の持つ使い勝手の良さ、いきなり話を丸め込んでしまう強引さが浮かび上がってくる。では次の作品を見てみよう。

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いちまいばなし No.007
2011年7月17日
神奈川県横浜市旭区若葉台
「パイレーツ・オブ・トリビアン」

あるところの空に1羽の鳥がいました。
その下の海には宝の島、サモア島がありました。
宝をねらう海賊達が海を渡っていましたが、
そこに大きなタコがいて海賊達に立ちはだかりました。
その時、突然空にいた鳥が大きな大きなロボット鳥になりました。
ロボット鳥はタコを焼きダコにしようと火を吐きますが、タコも負けてはいません。
タコもスミを吐きます。
そうすると海の中にいた魚達が怒って「コラ!俺たちの海を荒らすな!」と文句を言ったので、
戦いは終わって、2人は「ごめんね」と謝り、バーベキューをして遊んでいました。
ところが残った宝を魚のボスがとってしまいました。
まぁバーベキューもおいしかったしいいか。でもその宝をいったい何に使うんだろうね?
おしまい
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さてどうだろう、さっきに比べて話の〆が少し強引な感じがしないだろうか?ここでは、パーティーではなくバーベキューとなっているが、それまで鳥、海賊、タコが、三つ巴の攻防が繰り広げられていて、巨大化、メカ化、火炎放射、スミ噴射と大スペクタクルの様相を呈しているのに、「コラ!」という魚の一喝で一挙に争いが終息に向かい、バーベキューで和解すると言うこの流れ。それまで完全に戦闘モードだったのに、みんなで飲んで食って騒げばなんとなく丸く収まると言う、分かりやすい和平の象徴として「パーティー(バーベキュー)」が使われている。その感覚が一番良く現れている一文が、

「まぁバーベキューもおいしかったしいいか。」

これに尽きる。「いちまいばなし」の現場で、話がどんどん盛り上がって煩雑になってゆき、どうにも収束しづらい状況に陥ってしまった時、とりあえず「パーティー」を開催して「まあいいか。」と、なんとなく丸くおさめ、お茶を濁す。この感覚が「パーティー落ち」である。さらに、次の話のように長編物になってくると、「パーティー落ち」で濁す対象にも変化が出てくる。

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いちまいばなし No.015
2011.11.19
東京都台東区浅草雷門1丁目
「Yes we can!」

あるところに水晶玉がありました。
それを見ていたのはこけしでした。
玉の中には雷門が見えて、そこではカエルがエスカルゴを食べていました。
それを見たコケシは、ちまたではエスカルゴが流行っていると思い、
ひともうけしようと材料のカタツムリを探しに行きました。
まずは池に行きました。しかし池にはサメがいて、
すでに全てのカタツムリを食べ尽くし、その殻が池の周りに積み上げられていました。
次にコケシはツクシがたくさん生えた野原に行きました。
しかし、カタツムリが全くいなかったので、怒ったコケシはツクシを一本だけ残して焼いてしまいました。
一本のツクシをもって、コケシは川へ行きました。するといかだに乗った少年たちが川を下って来ました。
行き先をたずねると、アメリカへ行くらしいので、コケシもそのいかだに乗って、新たな食材を探す旅に出ました。
航海していると、あるとき、霧の中から人影が見えて来ました。
それは美しい女の人で、手にしたゾウガメと、コケシの持っていたツクシを交換してくれないかと言いました。
ツクシとゾウガメを交換したコケシと少年たちは、お腹が空いていたのでゾウガメを食べてしまいました。
次にまた、霧の中に人影がみえてきました。
それは自由の女神像で、ついにコケシたちはアメリカニューヨークに着いたのでした。
上陸したコケシたちは、大物政治家と会いました。その人は食べた残りのゾウガメのこうらを大金で買ってくれたので、
そのお金でコケシたちは盛大なパーティーを開きました。
おしまい
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前述の「パイレーツ・オブ・トリビアン」では中盤のゴタゴタをリセットする為に「パーティー(バーベキュー)」が用いられているが、この「Yes we can!」ではまた少し違う用法で使われているのが興味深い。この話では主人公であるコケシがエスカルゴでひともうけしようと、材料であるカタツムリを探しに行くところから始まるのだが、読んでいくと分かるように、中盤から「いかだに乗った少年たち」や「ゾウガメを持った美しい人」など要素が増えてゆくにつれ、当初のコケシの目的がだんだん希薄になってゆく。一応のクライマックスとして、最後にはニューヨークに到着して何となく達成感があるのだが、よくよく考えるとこれは「いかだに乗った少年たち」の目的地であって、コケシの目的でではないし、カタツムリもどこにも出てこない。それどころか、手にしているのはゾウガメの甲羅という何の価値もなさそうな代物である。しかし、ここでもなぜか大物政治家がその甲羅を大金で買ってくれ、「パーティー」が開かれる。(タイトルでその政治家を臭わせているあたりがニクい演出になっている。)ここでは、長旅の課程で煩雑になってしまった物語をリセットするという、「パイレーツ・オブ・トリビアン」的な「パーティー落ち」の意味合いと共に、長い物語の中で見失ってしまった時の目的の代替品として「パーティー」が用いられ、なんかみんなハッピーだし「まあいいか。」という流れに持って行っている。

「いちまいばなし」の構造上、現場の盛り上がり方によって、急に話がとんでもない方向へしまう事がよくある。そのまま着地せずに終わってしまう様なノーブレーキ戦法もたまにあるが、だいたいの場合は、飛んでしまった話をなんとか着地させようとする力が働く事が多い。そんな中で絶大な力を発揮するのがこの「パーティー」という言葉の響きで、それまでいくらハチャメチャな展開でも、この「パーティー」の開催によって、物語のリセットや、目的のすり替えをしれっと済ませて、なんとなく安心できる後味にしてしまう。失敗した料理にルーを入れ、カレーにしてしまうような、この無理矢理なリセット感覚が、この「パーティー落ち」なのである。

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