2012年2月22日水曜日

「いちまいばなしのうらばなし」その1


その1「サメおにぎりの感覚」

今回から始まる「いちまいばなしのうらばなし」。この連載では、「いちまいばなし」を「読む」事に重点を置き、毎回物語を紹介しながら、それを読み解いて来る中で現れてくる、話の構造や特徴に名前を付けてゆき、「いちまいばなし」の分析と研究を進めてゆきたい。今回紹介するのはこちら…

ーーーーーー
いちまいばなし No.001
岩手県大船渡
2011年5月29日


「サメつり(仮)」

船がありました。
船には人が乗っていました。
その人はつりをしていました。
その餌はミミズでした。
空にはカモメが飛んでいて、虫を捕っていました。
船には大漁旗がはためいていました。
餌にサメがかかりました。
サメはつられて丸焼きにされました。
そしておいしいおにぎりになりました。
おしまい。
ーーーーーーーー

<解説>
岩手県大船渡市で行った、いちばん最初の「いちまいばなし」の中で、いちばん最初にできた短いお話。この話ができた事で、その後の「いちまいばなし」の方向性が決まったと言っても過言ではないという、歴史的な1作である。
タイトルの(仮)というのは、この頃はまだタイトルを付けようと言う考えもまだ無く、「サメつり」というのは私が後でつけたタイトである。(もちろん「いちまいばなし」という活動の名前もまだ存在していなかった。。。)その場にいる人に先の展開を問いかけながら、一枚の紙に絵を書き、物語をつくってゆくという、「いちまいばなし」全体の流れを思いつき、震災復興活動の「やっぺし祭り」というイベントの中で始めて行う事になった。大船渡という地名から、最初にお話に出て来るものは「船」に決めた。
参加したのは、小学3年生男子2人と、その弟1人の3人だった。始めてみると、こちらの思惑とは裏腹に、「船には人が乗っている」「釣りをしている」「エサはミミズだった」…と至極まっとうな話しか出てこない。話を追っていくとものすごく普通の展開である。サメを釣るというのは少し変だが、このくらいの物語はいくらでもある。むしろ現実でも起こりうるレベルの状況だ。う~ん、これは困ったぞと思いながらも、ダラダラ続けても仕方がないので、「釣ったサメをどうしたのかな?」と話のオチを3年生の1人にふる。すると、「丸焼きにした」との答え。他の2人は少しウケていたが、私は内心やっぱり最後まで普通の話になってしまったか思っていた。この「いちまいばなし」がもっと面白くなるだろうと感じていたのは、机上の空論だったのかと、自分の企画自体に失望しかける程だった。いや、でもまだ弟君のターンが残っている。駄目もとで一応話を振って見た。「じゃあ、どうやって食べたのかな?」とそこで出て来たのは「おにぎり!」

え!?どういう事!?

ご飯はどこから出て来たの?
まるごとなの?切り身なの?ほぐし身なの?
それは果たしておいしいの?

という様なツッコミというか、疑問が一瞬にして頭の中にどんどん沸き上がって来る。と同時に「これだ!!」と感じた。この脳味噌がスパークする様な、言葉の出会い、思考の衝突こそが私が「いちまいばなし」に求めていたものなのだと。他者と他者の思考を飛び越えて行くうちに、個人では絶対に発想できないおかしな世界へたどり着く経験と、そこで感じる妙な違和感こそが「いちまいばなし」の真骨頂なのだ!!
でも、そんな興奮に包まれた物語作りの現場から、距離も時間も離れて今改めてこの話を文章として読んでみると、不思議とこの「おにぎり」というチョイスこそがこれ以上ない解答の様にも思えて来る。いろんな食べ物がある中で、カレーでもなく、ハンバーグでもなく、「おにぎり」というのは、サメを食べるのに意外としっくりくるような気もして来る。刺身よりも寿司よりも、むしろ「おにぎり」の方がサメの味を美味しく味わえるのではないかという妙なリアリティーがある。設定としてはぶっ飛んでいながらも、発想の経験がない事象だからこそ感じる「サメおにぎり」のリアリティー。この妙な感覚が手がかりとなり、呼び水となり、後の「いちまいばなし」の絶妙なバランス感覚が共有されてゆく。この「いちまいばなし」の面白さの根源であり、価値基準ともいえる妙な違和感を、ここでは「サメおにぎりの感覚」と名付けたい。

0 件のコメント:

コメントを投稿

クリエイティブ・コモンズ・ライセンス
「いちまいばなし」 by 佐藤悠 is licensed under a Creative Commons 表示 - 非営利 - 継承 2.1 日本 License.